six feet over

Many Classic Moments

Sunday, August 06, 2006

彼女の云う明日 08

「もうひとつ、どうしても許せないのがクリームコロッケ」
「あのトロっとしてボケっとした、スカした奴だろ」
「うん、じゃがいも以外は認めないわ、カニの俵は問題外」
「明子は好い線いってる」
「なによそれ・・・そうかしら、わたしの周りは好きな娘ばっかりだけどね」
「これもどう? フライもいける」
「食べたいと思ってたんだ、ありがと、おばちゃん、ご飯おかわり」
「ますます好い」
「こんな大喰い女のどこがいいの?」
「基本に忠実だから」
「はあ?」
「食欲は生命の源だろ」
「ただお腹が空いてるだけよ、それに、美味しいもん」
「それが大事なんだよ」
「そんなもんなの?」
「そんなもん、好い線いってる、保証する」
「お墨付きね」
満足そうに微笑んで、明子は麦茶を飲み干した。
食べ終えた皿には骨の他に何もなかった。
「ふう、ごちそうさまでした、ちょっと食べ過ぎちゃった」
「これなら迷わず成仏出来るよ」
彼女はお腹を擦りながら小さく笑った。

Wednesday, August 02, 2006

彼女の云う明日 07

「はい、お待ちどうさま」
「うわあ、ほんとに大盛りだ、あれ、おばちゃん、これ?」
「ハムカツ好きだろ、おまけしといたよ」
「だから好きだよ、ここ、余りもんだろうけど」
「いつもひとこと余計なんだよ、さっさと食べな」
「はぁい、おばちゃーん、今日は一段と肌がツヤツヤだね」
「ばか言ってんじゃないよ」
「仲がいいのね」
「そうかなあ」
「そうよ・・・これこれ、美味しそう、いただきます」
明子は丁寧に身を解して口いっぱいに頬張った。
鯵、ご飯、御付けの順に味わい、漬け物で締めくくる。
上半分を食べ終えると、尾びれを持ち上げて骨を剥がした。
「どうしたの? 脂が乗ってて旨いわ」
「ん、食べ方も上手いな、と思ってさ」
「好きなだけよ」
「ほら、その骨、身ひとつ付いてないし、それじゃ猫も跨いで通り過ぎるよ」
「そうお?」
「よかったらこれ、はい」
「ありがと」
「この薄さと、この円いハムじゃないとね、やっぱり」
「ハムカツが気取ってちゃ駄目よね」

Monday, July 31, 2006

彼女の云う明日 06

「小暮健太です、ありがと」
茶碗を受け取り一気に飲み干した。
「はい、どうぞ・・・小暮さんは千葉?」
「うん、船橋に住んでる、明子さんは品川あたり?」
「馬込なの・・ねえ、明子でいいわよ、そう呼んで、なんだか堅苦しくて・・
 アッコでもいいし、小暮さんは、そうねえ」
「健太でいいよ」
「そのまんまね」
「うん」
「さっきは本当にありがとう、
 どうしようかと思ってたら白馬に乗った王子様が現れて、助けられました」
「おいおい、笑わすなよ、救助したのはボードだぜ」
「だってさぁ」
「ただのトラックに乗ったおっちゃんだよ」
「おっちゃんって、幾つなの? 健太は」
「25」
「ふーん、わたしは幾つに見える?」
「やっぱりそう来たか、うーん、22だろ、どう?」
「あら、ぴたり賞」
「あーよかった、その質問は、ほんと困りもんだよ。まず実年齢を推測して
 次に態とらしく無い、ぎりぎりの範囲で若く見積もって伝えるんだから」
両手に定食を持って、カウンターからおばちゃんが出て来た。
「あたしも聞きたいねえ、幾つに見える?」

Sunday, July 30, 2006

彼女の云う明日 05

運転席の窓が降りて彼女が言った。
「いつもの定食屋があるの、付いて来て」
「わかった」
品川ナンバーの青いファミリアを追って車を発進させた。
農道を抜けて突き当りの国道を左折すると、彼女は一気に速度を上げた。
リアバンパーに貼られたステッカーの文字が瞬く間に小さくなって行く。
二つ目の信号を過ぎた、道沿いにある紅い屋根の食堂に車を入れた。
「よく来るんだ? ここ」
「鯵の開きがお勧めよ」
色落ちして解れた暖簾をくぐりテーブル席に腰掛けた。
「いらっしゃい、あら、アッコちゃん、やっと彼氏が出来たのかい」
カウンターの向こうから、店の主である年配の女性が声をかけた。
白い割烹着に手ぬぐいを被り、陽焼けした顔に広がる皺が人懐っこい。
「おばちゃん、開き定食ね」
「おれは・・」
「そちらの彼氏は、いつものフライでいいかい?」
「あら、知ってるの?」
「ここを知らない奴は潜りだよ、おばちゃん、大盛りでね」
「言ってくれればいいのに」
「うん、アッコちゃん」
「あら、ごめんなさい、まだ名前も・・・野田明子です」
そう言うと、彼女は真鍮のやかんを傾けて、茶碗に麦茶を注いだ。

Friday, July 28, 2006

彼女の云う明日 04

脇腹を流れる汗の感触で眼を醒した。
荷台に敷いたバスタオルは、首から背中に渡りたっぷりと汗を含んでいた。
上体を起こして力一杯背伸びをした。
裸足で降りたアスファルトの熱さに、大声を出して飛び跳ねそうになった。
車体の下に横たえたボードを静かに取り出す。
溶けたワックスが掌に絡み付いた。
鳶の鳴き声に空を見上げると、遠くの入道雲が勢いを増している。
時計の針は午後一時を廻っていた。
何も考えず、ただ黙って海を見ていた。
欠伸で涙が滲んだ。
「大きな口ね」
後ろから彼女が話しかけた。
「これ、ありがとう」
「ん!? ああ、そうだったね、まだ寝ぼけてらぁ」
「ほんとに寝てたの?」
「うん、おかげで頭の中は半熟かも」
「うわあ、なんだかリアル、美味しいのかしら」
「きっと珍味だよ」
「ねえ、お昼まだでしょ、ご馳走させて、ね」
「そんな、気を使わなくても・・・」
「いいから、いいから、ね、行きましょう、わたしもうペコペコ、じゃ」
そう言い残して駆け出した彼女の後ろで、髪が左右に揺れていた。

Sunday, July 23, 2006

彼女の云う明日 03

スープに運ばれながら八月の空を見上げた。
昨日と同じコントラストの青空が当たり前のように浮かんでいる。
夜明け前から辺り一面を包んでいた霧は、既にうねりと共に消え去っていた。
海から上がって沖を眺めていると、白いボードが一枚、押し戻されて来た。
近寄って拾い上げたそのボードは、癖の無い6'0"のツインフィンで意外と厚み
があり、ノーズ側のレールには修理の痕があった。
右手から駆け寄る声に振り向いた。
「すみませーん」
太陽を背にして、丸めたパワーコードを手にした女性がひとり、ポニーテール
を揺らして近付いて来た。
「はあ、よかった、ありがとう」
「よかったね、キズは無さそうだし、はい、これ」
「どうもありがとう」
「切れたの? パワーコード」
「リーシュから抜けたみたいなの、一本目でこれじゃあ・・・」
「今日は何処から?」
「東京です」
「そうかあ、じゃあ、よかったらこれ」
「えっ、あ、いえ、だって、あなたは?」
「今日はもう打ち止めだし、これから昼寝だから」
「でも・・・」
「いいから、遠慮なしに気の済む迄、ね、これほんと」
「いいんですか?」
「はい、これ・・・あそこのトラックにいるから、あのグレーの」
「ありがとう」
陽焼けした彼女の顔が微笑みに包まれた。 

Monday, July 10, 2006

彼女の云う明日 02

青焼き図面の束を小脇に抱え改札口へ向かう階段を下りて行った。
途中で立ち止まり、振り返ってホームを見上げてみる。
四角く切り取られた青空の向こう側に、居る筈もない人影を追った。
一年前に別れた彼女。
思いも寄らない突然の偶然。
今になって鼓動が高鳴り始めている。
然して遠くない記憶の断片が一斉に解き放たれ、パズルを完成させる。
ひとり、思い出し笑いをしていた。
 “じゃあね” か。
深くため息をつくと、勢い良く階段を駆け降りた。
東出口から繋がる駅前のロータリーを国道1号線に沿って上った。
打ち合わせ時刻を確認して喫茶店に入った。
程良く冷えた店内にカウンター席が八つ、細長く一列に並んでいた。
一番手前の席に落ち着いてコーヒーを注文した。
天井のスピーカーから流れて来たのはホテル・カリフォルニアだった。
白いカップを手に取って明子との出逢いに想いを馳せた。
二年前の夏、陽焼けした彼女の顔に化粧はなかった。

Tuesday, July 04, 2006

彼女の云う明日 01

車内アナウンスが次の停車駅を告げた。
暫くして、減速を始めた緑色の車両は、きっちりと停止位置に止まった。
ドアが開いてホームに降りたったその時、女性の声に呼び止められた。
足を止めて後ろを振り返ると、懐かしい聞き覚えのある声の主がそこにいた。
充分過ぎるほど陽焼けした顔にピンクの口紅が輝いている。
長い髪を片手で掻き揚げながら彼女が眩しそうに微笑んだ。
「偶然ってあるのね、元気にしてた?」
「ああ、なんとか・・・あっ、電車いいの?」
「うん、すぐ来るわ。仕事?」
「これから打ち合わせ、ほら、そこのビル、建設中の、分かる? そうあそこ
 まさかこんな所で遇うなんて、不思議だよな、偶然にも程がある」
「会社は辞めてなかったのね」
「なんとか続いてる、明子は?」
「ハワイでツアーガイド、きのう帰って来たとこよ」
「へえー、まさに有言実行、らしいよ」
「あれから一年、かしら?」
「そうそう・・・毎日乗ってる?」
「うん、いいわよハワイは、きれいで温かくて、サイズもパワーも、もちろん
 危険がいっぱいだけど、やっぱり魅力的、来ればいいのに」
次の電車がホームに滑り込み、降車客が二人の前を通り過ぎた。
彼女が乗り込むと直ぐにドアが閉まり、ゆっくりと走り出した。
窓越しに彼女が手を振っている。
「じゃあね」
そう聞こえた。

Sunday, June 18, 2006

Litsuko 99

穏やかに押し寄せる白い波が、二筋の光線に照らし出された。
ラジオの音量を下げて、律子の無防備な寝顔を眺める。
遊び疲れた子供のように深い眠りに専念していた。
窓から流れ込む浜風で、車内は潮の香りに満たされていく。
横向きに体勢を整えた律子は、背中を丸め両手を頬に挟み入れた。
時折見せるニヤケた顔を覗き込み、鼻をそっと摘んだ。
「ぷはーっ、ふう、う、うーん」
「おはよう」
「あら、ここは・・・はあ、駄目かと思った・・・パイプラインを気持ち良く
 テイクオフしたら見事に巻き込まれて、なかなか浮かび上がれずに息苦しく
 なって、これで一巻の終わりかと」
「夢でホッとした?」
「うん、でも覚悟した時、意外に冷静だった」
「ふーん、リクエストに応えて海だぜ、ノースには程遠いけど」
「そうだったわね」
真夜中の海を暫く眺めていた律子は、ドアを開けて浜辺に降りた。
車の前で立ち止まり、振り返りながら笑顔を浮かべると、ジーンズを脱ぎ捨て
剥ぎ取ったTシャツをボンネットに投げ出した。
足元に落としたショーツを拾い上げ、ジーンズのポケットに押し込んだ。
「じゃあね」
勢い良く駆け出した律子は、頭から飛び込んで、ゆっくりと泳ぎ始めた。
やがて、ヘッドライトに映し出された波間の向こうへ消えていった。

Saturday, June 17, 2006

Litsuko 98

新行徳橋を渡り、市川インターチェンジから京葉道路へ合流した。
ラジオから流れる音楽に乗って、助手席の律子が踊っている。
冷たい風を楽しんでいた全開の窓を閉めながら、缶コーヒーを受け取った。
「片貝でいい?」
「いいわよ、運転手さん」
「高速でひとっ飛びだな、うちの女王様は元気いっぱいです」
「能天気だと思ってるでしょ?」
「うん」
「いい子ねえ、後でご褒美あげるね」
「うわぁ、目が・・・」
「もっと飛ばして、ガラガラじゃない、ターボよ、ターボ」
「意味分かってんのかなあ」
月曜日の午前零時を廻った下り車線に、走行車は疎らだった。
千葉東インターチェンジから東金有料道路へ進めた。
「ねえ、もっと出ないの?」
「そんなに煽るなって、これで目一杯・・・マッハは無理です、隊長」
終点からそのまま国道126号線に流れて、堀上交差点を右折した。
道なりに直進すると突き当りの砂浜が見えて来た。
ライトで照らし出された轍をなぞるように、波打ち際へ車を寄せた。
小さな寝息が潮騒に紛れた。